眠ノ記

眠たい小話と眠らせたい黒歴史を丁寧に磨いてお出しします

『道京』-13. ひとつだけ(編集後記~返歌)

拙い作品を読んでくれた方、ありがとうございます。懐かしい感情を掘り起こすとあまりに生々しく。ますますこのブログの場所が嫁に内緒になりました(やってるのは知ってる)。

日頃、あんまり肩肘張っていないので、この『道京』をつくっているあいだは生活にハリができたように思います。好きな仕事をしている人はきっと、僕が作品をつくるような感覚で、人生の醍醐味を常に感じているのかもしれませんね。

ああ、完成してしまう。
昨日はそんな感覚がありました。

で、一応アンコールということで‥‥最後に返歌をのせます。おまけとしては、自分以外の発想から生まれたものがあったほうが良いと思ったので。彼女のめんどくささと、かわいさがうまく伝わるといいんですけど。

最後に、良かったら。

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『道京』-12. 風に吹かれて(終)

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12. 風に吹かれて/2004年4月〜

卒業後、僕はしばらく亨さんの店で働き、社会勉強を積んだ。もちろん職人としてではなく、雑務全般という感じだ。形の上では営業となっていたけれど、店には亨さんの評判を聞きつけて引き合いが絶えなかったし、トラブルがあっても、彼が「じゃあ僕おります」といえばだいたいクライアントが青ざめた。
淡々と仕入れをして、お金を数えて。たまーに広報の文章を書くくらい。いつも楽しそうに話していた文さんを思い出したら、「商品」の魅力をプレゼンすることは難しいことではなかった。

亨さんは作品づくりに没頭しているかと思えばぷらっと出掛けていき、ふと思いついたように仕入れ指示を飛ばす。僕は言われたとおりに、聞いたこともない素材を仕入れる。デザインは何百通りでも思いつく。ようは自分の欲求が、その中から正しい情報を掴み取れるかだと彼は言った。できるまでやる。職人はそういう宿命なのだろう。

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『道京』-11. KYOTO

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11. KYOTO/2004年3月

「よかったらうちで働いてみないか?」
図らずも、亨さんはそんな風に言ってくれた。全く知らない人よりはいい。そんなシンプルな理由だった。出勤はいつからでもいいから、とのこと。
「4月からお世話になります」
少しおっかないけど、うるさいよりは無口な人と過ごすほうが性に合う。

働き始めるまで、僕は忙しい日々を送ることになった。やっと卒論を書き終えたというのに、またしても書き物をするなんて。

指示は携帯電話にメールで届いた。
「出発までに、私の詩集をつくること」

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『道京』-10. 長い夢

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10. 長い夢/2000年10月~2001年3月→2004年2月


半年続いた恋人ごっこは、文さんにとって苦しい時間だったはずだ。だって恩人に背を向けて、僕と近づかなくてはいけないのだから。

彼女の精神は不安定になり、見たことのない一面を見せるようになる。夜中に泣きながら電話をかけてきたり。彼へうまく気持ちが向かない、なんて無遠慮な相談してくることもあった。僕に嫉妬心は生まれない。命の恩人であり、困ったときは数分で駆けつけてあげられる。たくましくもやさしいヒーローだ。感謝こそすれ、大事な人を奪う気にはなれない。

その代わりに芽生えたのが、やり場のない怒りと後悔だった。救ったのが自分なら。どんな安アパートでも、彼女の近くに暮らしていたら。考えれば考えるほど眠れなくなり、体力を使い切るために、夜中に何キロも走って回った。そして本格的な不眠症へ。胃は人工的な味を受け付けなくなり、豆腐や乾物、フルーツばかりを食べていたら、体脂肪率は5パーセントまで落ちた。

肌に触れると常にひりひりするような感覚がある。罪悪感や劣等感という言葉に至極ふさわしい痛みだ。

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『道京』-9. 2人のストーリー

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9. 2人のストーリー/1999年12月~2000年10月

有名人に会うと新鮮な印象を受ける。背の大きい小さい、性格がきつそうだとか。メディアも馬鹿じゃないから、映像のマジックは確かに存在する。
でも、そんな違和感を生む一番の原因は、「そこにいること」自体にあるんだと思う。入れ物の中ではなく、そこにいる。ご飯を食べて眠る、同じ人間だと頭では分かっていても、実際に会うまでそんな事実は飲み込めないものだ。

僕は文さんに「憧れ」という言葉をぶつけた。金、銀、石、革、プラスチック。さまざまな素材に囲まれた店の中で、商品ポップをデザインして、商品説明をして、レジを打つ彼女の生活。僕はそんな現実をまるで無視して、ただ理想を見ていたのだ。そして観覧車で寄り添う姿は、さらにその上を通り抜けた。

僕たちは会えば身を寄せ合う関係になって、同士でも恋人でもなくなった。

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『道京』-8. ひみつ

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8. ひみつ/1999年12月

しばらくすると雨が降ってきた。小走りで待ち合わせ場所近くの喫煙所へ急ぎ、濡れた灰皿で吸殻をねじる。「まったく面倒で、体に悪くて、それにお金もかかる。臭いだってある。何のために吸っているんだ」なんてことは微塵も思わない。
それが気持ちを安定させる”おしゃぶり”だと認められるのは、煙草をやめた人だけだ。

 

「やっと終わったよ。早く中に入って何か食べよ」
文さんが大きめのトートバッグをかけて迎えにくる。だいたいカメラを持ち運んでいるし、整理整頓がうまくない人だから、彼女はいつもパンパンのカバンを半分抱えるように持っている。かといってこちらから「持ちます」と提案しても、撮影時以外はだいたい断られる。
もしかしたら、それは僕のタバコと同じように、ぬいぐるみのような役割を果たしているのかもしれなかった。

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『道京』-7. 小さな頃から

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7.  小さな頃から/1998年10月~1999年12月

指輪をもらってから、2つの大きな変化があった。ひとつは右手の薬指を強く意識するようになったこと。当たり前すぎて申し訳ないけれど、受験勉強にギターにと常に手先を使っていたから、予想以上に存在感があったのだった。冬場は朝つけるだけでも冷たいし。クラスメイトにも冷やかされるし。

もうひとつは、文さんと音信不通になってしまったことだ。通りからチラッと覗く雑貨屋はいつも無人で、メールも一切帰ってこなくなった。もちろん出会ってから初めての事態だったけれど、社会人になって大変なこともあるんだろうと、しばらくは放っておいた。

ところが1ヶ月、2ヶ月と経ち、とうとう年を越す直前にさしかかると、さすがの僕もなんだか少し怖くなってしまって、仕方がないので彼女の職場に顔を出してみることにした。いくら店主が怖いからといって、背に腹は変えられない。

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