眠ノ記

寝言と黒歴史を丁寧に磨いてお出しします

お願い、将棋を打たないで

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僕が将棋を始めたのは2008年。

どちらが勝っても歴史的偉業が達成される「竜王戦」の大勝負で、渡辺竜王が3連敗からの4連勝(史上初)で羽生さんを退けた。

その差はまさに紙一重。駒の動かし方くらいしかわからない人間にとっても凄みが伝わる、すさまじい逆転劇だった。

 

あれから約10年、僕も有段者になった。

コンピュータと人間が戦う電王戦があり、藤井七段という超新星が現れた。新規のファンが増えているのをひしひしと感じている。

 

一方で、将棋初心者にありがちなミスを見かける機会も多くなった。

それは、将棋を「打つ」と表現すること。

これを耳にした瞬間、ぴくりと眉を動かす人たちは少なくない。

将棋は「指す」ものだ。

 

 

なにを表現ひとつで。しきたりがどうとか、出た出たこれだからメガネ君は…と言う人もいるかもしれない(僕裸眼だけど)。

でも、気になるのには理由がある。「指す」も「打つ」も将棋用語の中にあって、明確に区別しているからだ。

要するに、近い言葉だからこそややこしいということ。

 

意味の違いを簡単に説明すると、

「指す」➡︎すでに将棋盤にある駒を動かす

「打つ」➡︎手元の駒を新しく盤の上に置く

で、将棋をすること全体を表現するときには「将棋を指す」という。

 

ファッションに置き換えてみると、

「着る」➡︎だいたい上半身に使う

「履く」➡︎だいたい下半身に使う

そして、服を身にまとうこと全体を表現するときは「服を着る」という。

ちょうど同じ関係だ。

 

つまり、「将棋を打つのが好き」というのは

「服を履くのが好き」

と言っているようなもの。

まったく間違っているわけじゃないけど、聞いた方はえっ、なぜ下半身限定!?と違和感を覚えるわけだ。

 

 

前に述べた通り「指す」と「打つ」はルール上意味も違うし、だいたいの人は本を読んだりネット中継を見ているうちに、この使い分けを自然に身につける。

ただ、たまに将棋歴が長くてもまったく直らない人がいる。こまけーよと。重箱の隅マンかよと。そういう人はだいたい上達しない。そもそも将棋は、細かいことを積み重ねて勝ちにつなげるゲームだから。

 

プロ棋士の方たちもこのあたりはやや気になるようで、イベントなどでファンが間違えた時に、やんわりと訂正することがある。

競技に敬意を払い、強くなるためにも、ファン側も正しい表現を身につけたい。