眠ノ記

寝言と黒歴史を丁寧に磨いてお出しします

男子校の完璧な静寂

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他のところはどうかわからないが、僕のいた高校は授業中もわりと賑やかだった。

早弁する者。思いつく限りのいたずらを試し合う者。ウォークマンを聴きながら、指で机を叩く者。他にもマンガ、ゲーム、エロビデオなどを議題に、ありとあらゆる私語が繰り広げられていた(僕は寝ていた)。

 

自主性を重んじる進学校だったし、先生も結果さえ出していれば強く注意したりはしない。そこには常に何かしらの雑音があった。

 

そんな僕たちの教室に、たった一度だけ完璧な静寂が訪れたことがある。みなさんはどんな場面か、想像がつくだろうか。

テスト中?

ノンノンノン、それじゃペンの音がしてしまう。もっともっと非の打ち所のないやつだ。

 

 

 

あれはよく晴れた初夏の日。Kさんという女の子が教育実習でやってきたときのこと。子、と今でこそ言ってはいるが、当時の僕たちにとっては立派な大人のお姉さんだ。

Kさんはお世辞にも美人とは言えず、あまり自分を飾る気のなさそうな人だった。慌てて家を出たのだろうか、なぜかストッキングを履いていなくて、足にはいくつかのわんぱくな擦り傷がついていた。

 

思春期の生徒たちがそんな状況を見逃すはずがない。最前列の生徒はすかさず、

「先生はカンボジアから来たのー?」

と悪意あるいじり方をした。

今思えばかなり差別的だったけれど、たくましい足とぺったんこの靴が裸足に見えたことは否めない。

 

その質問をきっかけに、彼氏だの、スリーサイズはどうだのと矢継ぎ早に質問が飛んだ。生徒たちの9割近くが家族以外の女性と話したこともなかったはずだが、Kさんが親しみあるルックスだったのでなんでも遠慮なく聞けたのだろう。

当のKさんはうまく返せず、ただ下を向いて苦笑いしていた。

 

ところが直後、攻勢をかけていた生徒たちが一転して追い込まれる事態が起きる。

きっかけは、クラス1のお調子者が飛ばしたこんな質問だった。

 

「先生は、このクラスなら誰が一番好き?」

 

まるで魔法のようだった。たったひとつの質問で、一方的にいじるだけだった生徒たちが当事者になってしまったわけだ。

 

(ふざけんなよ……あいつ何聞いてんだよ。でももし俺だったらどうしよう。相手がどうあれ男としては選ばれて悪い気はしない。いや、選ばれたら選ばれたで晒し者だ。恥ずかしい。選んで、選ばないで、やめて、やめないで――)

 

どうて、いや、女慣れしていない者同士、内心は手に取るようにわかる。誰もがなんとも言えない緊張感でカチコチになった。例えるなら賞レースの結果発表直前。男の子たちは、初めて男を試される時を迎えたのだった。

僕は在学中にあれほど、窓から吹き込む風の音をはっきりと感じた瞬間はない。

 

刹那、Kさんが静寂を切り裂く。

 

「それは選べないよ〜」

 

そりゃそうだ。教育的正答ど真ん中の回答に、クラスのどこかしこから力抜けしたような空笑いがこぼれた。しかし、いったん極度の緊張を味わった生徒たちは内心こう思ったことだろう。

 

(しょうもねええええぇぇぇぇ)

 

 

あの静寂としょうもなさはいまも僕の糧になっている。だからこそ、合コンの場ではっきり名前を挙げて答える女の子には敬意を払って生きるようになった。誰も傷つけない大切さとは別のラインに、誰かひとりを選んであげる尊さが存在する。

思わせぶりでもいい。「難しいけど、この3人で選ぶなら◯◯君かな」くらいでもいい。どんなに身のない投票でも、たった一票をもらえるだけで男は劇的に変わる。男子校には何気ない成功体験が圧倒的に欠けているのだ。

 

何が言いたいかというと、共学いいなーってこと。