眠ノ記

寝言と黒歴史を丁寧に磨いてお出しします

熱い果実で遊びましょ

いやー、宮迫さんたち大変ですね。まだ二転三転するかと思いますが、現時点では芸能界を引退するほどのことだとは思いません。

 

僕が初めて宮迫さんを見たのは、関東ローカルで半年だけ放送していた深夜番組「急性吉本炎」。当時の宮迫さんは夕暮れ時の学校の屋上で、ジュースをいっぱいにためたビニールプールの中ではしゃいでいました。真顔で。たぶんホトちゃんの横で。

そんな風に出会った瞬間まで覚えているのは珍しい。僕に取ってはかなりインパクトのある芸人さんの一人です。

 

さて、今回は食べ物と芸の関係について。

ご存じの通りテレビ番組には食べ物を粗末にするというクレームがよく届くようで、バラエティ番組などでは「スタッフが美味しくいただきました」なんて冗談みたいなテロップが定着してしまいました。上で挙げた宮迫さんのジュースプールも、今の基準なら問題になるのかもしれません。

 

それが着色料を混ぜただけの水かもしれないのに、です。

(まあ水も食べ物といえばそうなんですが…)

 

いったい何が粗末な使い方かなんて誰が分かるのか。

もっといえば、何が食べ物かなんて勝手に決めていいんでしょうか?

 

 

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たとえばトマトなら、食べる以外にもいろんな価値があります。

・成分を抽出して化粧品に使う

・ただ生っているだけで綺麗

・スペインのトマト祭りで投げ合う

などなど。

 

なので、立場によっては、

「ひとつでも多く商品開発のために使え!」

「収穫して街の景観を損ねるな!」

「それは投げる用だからむやみに食べちゃダメだよセニョール!」

なんてクレームをつける人もいるかもしれません。野菜=食べるためにあると物申すこと自体が、やや思考停止気味に感じます。

 

もちろん、これが

農家の方が美味しく食べるためだけに品種改良が重ねたトマトを投げてほしくない!

というのならまだわかります。それは確かに心苦しい。生産者の意向には敬意を払うべきでしょう。

 

だとしても、そんなトマトのルーツなんてテレビを通して見た視聴者にはわからないですよね?

むしろ食べられたら農家のプライドが傷つくような、廃棄品かもしれない。もしかしたら大分の竹田市あたりに、発色が良く、投げやすく、派手に破裂するバラエティ番組用トマトを親子三代命がけで作っている農家があるかもしれない。

世の中には予想もつかない事情があるものです。

 

芸人さんの闇営業ニュースを含め、「怒るために知り、怒るための想像をする」視聴者の反応は危険だなあと思う最近です。

 

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もっと本音をいえば、料理だって何に使ってもいいですよ別に。調理した方がそれを承諾してさえいれば。
伝説のテレビ番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』には、東野幸治さんの天然パーマに中華あんをかけてあんかけ堅焼きそばにしよう!みたいなコーナーがありました。僕も腹を抱えて笑った記憶があります。

 

本当に味つけまでしてあったのかはわかりませんが、この企画に使われるべきアイテムはあんかけです。別の食べ物じゃ意味が分からないし、明らかな偽物でも寒くなる。プロが寄り集まって選定した、アッツアツの意志が詰まったあんかけなのです。

それは食べ物の粗末な使い方なんかじゃないと思う。

 

食べることも、人を笑わせることも掛値なく尊いこと。

そこに意図と熱量さえあれば、もっともっと寛大に僕たちは遊んで生きてもいいのではないでしょうか。