眠ノ記

寝言と黒歴史を丁寧に磨いてお出しします

性と詩とブログ

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僕の人生の中には、
詩が生き甲斐だという時期が確かにあった。
徹底的に一人になり、
帰り道には、言葉を浮かべるしかなかった。

 

やがてバンドを始めるとそれは歌詞になった。
それによって、自分が文章を書くことを人に明かしやすくなった。若者の放つ「ポエム」という響きには少なからぬ侮蔑がある。まるで聞くに堪えない甘い理想論だけを振りかざすとでもいうような。

「あの歌詞が好き」
みんなそういうのに、なぜか音が消えるとダメなのだ。
理由は分からないけど。

だから、歌詞だよと言う方が都合がいい。
でも、君の歌詞が好きだよと言うよりも
君の詩が好きだよと言われた方が嬉しい。

この辺はすごくわがままだ。

 

 

とにかく、僕は詩に大義を求めた。
これはバンドで奏でる用なんだとか。
誰かに頼まれて書いている、だとか。
ただ、分かっていた。

所詮オナニーに過ぎないということを。

ぼんやりと浮かべた気持ちを、誰かに遠慮したり、誰かのために成型したりせず、いびつなままで撒き散らせる。そう、それこそが醍醐味で。結局はストレス発散に他ならない。

10代、1500個書いて。
20代、200個書いて。
30代、10個書いて。
言葉にして吐くはずの違和感は身体に馴染み、

書くことも、もがくことも、確かに減っていく。

 

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朝の歌舞伎町を抜けて
沈鬱な墓々に寄り添って歩く
ボロボロのフェンスに取り付けられた
金木犀」の立て札を指ではじいて

チョコミント色に染まった吸殻を避けて
林檎が歌う空を見上げる
路肩には空いた容器に濡れ落ち葉
蛙の家か、はたまた迷い羊の弁当箱か
.
.
.

たとえばそんなことをつぶやく。
通勤途中、10年ぶりくらいに椎名林檎を聴いて歩いていただけなんだけど。頭に浮かんだまま垂れ流す発想は、呆れるくらい自分好みだ。

こんなのは息の数だけ書けるもの。
だから何の価値もない。

端っから職業にしようと始めたわけじゃない。
あなたをイメージした言葉だと嘘をついて、路上で売り飛ばされるような、占い詩など僕にはつくれない。

だったら価値などない方がいい。

 

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オナニーと、SEXと。
その狭間にあったのが文さんという女性と作った作品集「道京」の制作だった。どんなに好き勝手やろうとしても、やっぱり誰かとつくるとなると勝手が違う。

だって、そこには「仕事」の要素があった。
彼女は自分でつくったものを売って暮らしていたし、
僕はそれを手伝うわけだから。

ともに作品をつくる時間は、常にとある発想との戦いだった。
「君の言葉は誰のためでもないからこそ素晴らしい」
彼女は僕にバレないよう、それを伝えようとしていた。
もっと直截的な表現をすれば、
私のために書かないで、ということ。

僕はそれを分かっていながら、中途半端な言葉をつくり続けた。自分が気持ちよくなることでも、彼女を楽しませることでもない。

だったら何?
その答えはいったん、あとまわし。

 

 

最後。
あなたには悪いけど、いま、ここで繰り広げているブログはSEXだ。

僕は読んでくれている人を楽しませようとするし、人の文章を見て刺激を受ける。交歓の喜びがそこにはある。誰にも見られない場所で人形相手に腰を振るほど、僕は偏った人間に育たなかった。

そうなったのは、会社組織に紛れて記事を書いたり、セッションだインプレッションだと横文字を並べたせいかもしれない。言葉はファッションになり、ハレーションを起こした。

いびつなままでいたいけど、評価も欲しい。

元の言葉はどこへいった?

僕は少し自分を見失った。

 

 

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と言うわけで僕はいま、ノーマルな文字の営みに終始している。喋るように文字を書きたいと思ったからだ。
もちろんそれだって突然じゃない。嫌々でも、否応ないでもない。
すべては無駄なく繋がっている。

1人の女性と出会い、別れたことで得た副産物は、汗水かいて、多少の長い文章を書こうと思えたことだ。そんな風に人に迷っていなければ、いま人を楽しませるために書いてはいない。

詩が”発散”で、ブログが”共有”なら、あの日々はただの”記録”。そう、僕は彼女との記憶を書き留めたかっただけなのだ。

記録に残るか記憶に残るか。

それを二択みたいに人はいうけど、僕はどっちも欲しかった。

古い記憶は妄想に近く、すでに性の匂いは消えている。

 

大人になって、詩には価値がないと分かるからこそ、いまこうして共有することの価値がわかる。

見てくださいとお願いをして。

ありがとうとお礼をいって。

ちゃんとすることを、ちゃんと覚えた。

 

でも、

 

それでも。

 

僕は「あなたのわがままが好き」と言われたい。