眠ノ記

真面目にふざける雑記ブログ。黒歴史や趣味の話とか。

YOKOHAMA JUICY NIGHT

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今年もいくつかの台風が日本列島を通り過ぎた。そのなかでもとびきりデカいと評判の一発があったのを、皆さんは覚えているだろうか。コンビニからはおにぎりやカップラーメン、アイスすらも消え失せた、あの日を。

 

 

僕と彼女が久々に再会したのはそんな夜。乗り換えた駅の片隅で、場末のバーのようにひっそりと佇む店先でのことだった。

「あら、珍しいじゃない。」
崎陽子(キヨウコ)は気だるそうな声でそういった。いつもより客入りが良かったらしく、心持ち声が枯れている。

「あなたにとって、私は旅に連れて行くだけの女だと思ってたけど。たまたま飢えたから、都合よく相手をして欲しいって?」
「なあに、君の魅力はいつも感じているさ」
形こそ取り繕ってはいたが、図星だった。明日から家にこもらなけばならないと思うと、崎陽子のエキゾチックな香りが恋しくなる。それはまさに非日常が生んだ衝動。僕はディスプレイに並ぶ、じっとりと油で濡れた肉の谷間を眺めて唾を飲んだ。

 

「なあ、いいから早く。君が欲しいんだ。意地悪をしないで欲しい」
僕は冗談ぽく、それでいて心の中ではひざまづくように、そう言った。一刻も早く、あのシースルーの包(パオ)に早く触れたい。

「いつもはチラリとも見ずに通り過ぎるのに?」
どうやら僕は、横浜の都会で生まれた崎陽子のプライドを知らぬ間に傷つけていたらしい。彼女の表殻は赤レンガのように頑なで、言葉はランドマークタワーのように上から目線だ。


「まあ、悪い気はしないわ」
僕は隙間風とともに乱高下する女心を掴みかねていた。

「でもね」
崎陽子は一転、申し訳なさそうに言葉を継ぐ。
「あげられるものなんて本当にもう無いのよ。あなたがモタモタしてるあいだに、私、なんにもなくなっちゃった。焼いては売り、焼いてはまた売って。お弁当はもちろん、特製も、きのこも、イカも、なんにもないの。あるのはこれだけよ」

唯一残っていたのは、聞いたこともない名前の期間限定パックだった。
どこかの誰かとコラボしたらしい。欲しくも何にもない代物だった。

ドラクエでいうと、

ひのきのぼう 10G(売り切れ)

こんぼう 30G(売り切れ)

せいなるナイフ 200G(売り切れ)

くさりがま 550G(売り切れ)

はがねのつるぎ 1500G ←売ってるよ。どうする?

こんな状態。
果たして隣町までふらっと出かける冒険に、それだけの投資をすべきだろうか。一時の気まぐれにしてはあまりに大きな代償だ。

 

「どうするの?それでも私がほしい?」
僕は彼女のプライドを象徴するような甲高い煽りに辟易しながら。ぽりぽりと頭を掻いた。ひさびさの逢瀬は口寂しいくらいで終わるのがちょうどいい。

分かってはいる。分かってはいても。

僕の中の大人と子供が喧嘩していた。


カウンターの向こうで顔をしわくちゃにして、ふと目をそらす売店のおばちゃん崎陽子。きっと、彼女自身も後ろめたさがあるのかもしれない。
いつもはこんな風には言えない。
嵐の夜の闇雲に身を任せた、強気な態度。
本心をひた隠すあまり紅潮したその顔に、僕はふと昔を思い出した。

「その顔、初デートの時みたいだ。人間、やっぱり肝心なところは変わらないんだな。」
「やめてよ、嫌なことを思い出させるのは」
「嫌なこと?」
「だってあなたったら、横浜生まれの私を、よりによって新横浜なんてムードのない場所に連れて行くんだもの。それもラーメン博物館だなんて‥‥私を餃子と間違えたのかしら?あんな羽根つきと」

そうだ。あの日の崎陽子は、この蓋みたいに顔を真っ赤にして怒ってたっけ。誰とも合わない、いや、愛しいほどに合わせられない性分。本当はご飯とすら合わないのだ。

「悪かったよ。じゃ、仲直りの印に」
僕は一万円札を差し出した。あいにく端数は持ち合わせていなかったが、今日ばかりはおあいこだろう。
「あら‥‥そう。悪く思わないでね。売りつけたわけじゃないの。あなたのためのとっておきが、たまたま高くなっただけ」
そんな憎まれ口に、僕は陳建一みたいな笑みを浮かべた。我こそは強がりの鉄人だ。
「ありがとう。これで店じまいよ」

 

料理は心で食べるものだ。値段が高いからと言って、その分うまいとは限らない。

その日買った高すぎる酒のつまみは、一人で食べきるにはあまりにも単調な味だった。心が麻痺したせいなのか。

虚しくなる。貪る。味のなくなったグリンピースを、コロコロと舌で転がしてみる。この福引きの四等の玉みたいな野菜も、最近では子供たちからすっかり疎まれているらしい。崎陽子。あいつもこんな風に、時代に置いて行かれるのを恐れたのだろうか。だから、柄にもなくコラボなんてしたりして。

 

僕は独り言ちて豚肉を頬張る。そして、つけすぎた辛子にむせびながら、静かに嵐を待つのだった。
いっぺんに胸焼けするほどじゃなくて、本当は1個ずつ毎日がいいけど、君はそんなにキヨウじゃないよね。

 

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おシウマイ。

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