眠ノ記

真面目にふざける雑記ブログ。黒歴史や趣味の話とか。

あんこへの愛をじじいに例えて語る回

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あんこが好きだ。

でも、あんこの缶ごと、あるいはフィリング丸出しで食べたいわけではないのだ。僕はもう少し粋を重んじる。そこが、"あんこ吸い"で知られるあんこマスター・川田裕美さんとの違いである。

僕はこのニュアンスをどう伝えようか考え、ある答えにたどり着いた。
そうだ、じじいだ。
おじいちゃんが好きでも老人男性フェチではないのと同じ。

ということで今回は、いろんなあんこの食べ物を同じく大好きなじじいに例えて、切々と愛を語りたい。だいぶカオスな回である。

 



~おしながき~

 

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ぜんざい、おしるこ

いきなりクライマックス。これぞまさにあんこを最大限な生かす食べ方といえよう。素材の魅力を生かつつ、最低限の手まで最大限のほっこり感をかもし出している。

例えるなら風呂に浸かってるじじいだ。ぜんざいとおしるこの差は諸説あれど、僕はそこをあまり重んじない。湯船に肩まで浸かってるか、頭までどっぷりつかっているかくらいの違いだ(冷やしぜんざいは水風呂)。餅の存在価値については後述する。

もっと懸念すべきは豆感。無駄に素材を残しすぎると、「なんだこのレッドビーンは。イギリスの朝メシじゃないんだから」とツッコみたくなってしまう。豆豆しすぎたおしるこは、欲場を歩いてるじじいみたいなものだ。それはただのじじいであり、萌えとは程遠いのをくれぐれも書き添えておきたい。

 

 

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ようかん

黒塗り感、最高。高級車からビシッとスーツで決めたじじいが出てくるようではないか。見るからに歯ごたえがあって、経済に強くて、昔自分が建てた馬鹿でかいようかんみたいなビルの話なんかも、しっかり語ってくれそうな雰囲気がある。ちょびちょび食べる用の木も、杖みたいで趣深い。

水ようかんは違う。水というだけあって、若い時に水商売で成功しじじいがいまだに茶髪で髪立ててるみたいな違和感がある。あんこにとって艶は魅力だが、ツヤツヤしすぎたのは悪趣味だ。

ういろうは別にあんこがデフォルトではないので除外する。個人的には、ゴルフウェアで平気で街を歩く中小社長のような、もさいイメージを持っている。

 

きんつば

”金鍔”と大物ぶっているが、たいした意味もなくパッサパサ。カロリーと満足度が釣り合っているようには見えない。日本の政治に辟易して文句を言い過ぎたせいで、新しいものを吸収できないじじいに見える。あんこは、もっとみずみずしくないと。だいたい「金」と名乗っちゃうようなのは信用できないのだ(もちろんコリアの方じゃなくて、成金的な意味で)。

こういう風に言うと「本当に美味しいのを食べてないからだ!」という人がいるけど、食べ物の真価や好みはごく日常で手に入るもので決まる。高級品・希少品に限って誉めそやすのはおかしいのだ。

 

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あんぱん

うーん。生活感があって、変哲がない。普通に洋服着てるじじいという感じ。個人的にはあんとパンはそれほど相性抜群とも思わない。パンがユニクロの服並みに万能なだけで、別にあんこが活かされているわけではないのだ。焼きたてパンの幸せにごまかされてはいけない。

ただ、やっぱり海外の雰囲気が入ったパンならではの汎用性というか、いろんな味の餡を使ったり、面白い形に成型したり、そういう遊び心がある点は評価したい。アンパンといえばいまや子供たちのヒーローだ。これだけの功労者をあまり無碍にするわけにもいくまい。

アンパンチは古き良きじじいのビンタ。愛があるからこそなのである。

 

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大福、あん団子

これは合う。お汁粉、ぜんざいの項で餅についてふれたが、あんこがじじいなら餅はばばあ。やっぱり2人だからこそできることがあるのだ。よく、「歳をとっても手を繋ぐカップルになりたい」とのたまう小娘がいるが、あれは「私、大福になりたいの!」と同義。いつまでも、心に忍ばせたあんこを失わずに育っていってほしい。

豆は多すぎなければあってもいいが、草餅や桜餅は微妙である。”餅”とついている通り主役はババア。色気のある伴侶を連れていることで食べ物としては目立てるかもしれないが、その分じじいの存在感が薄れる。

ちなみに八ッ橋は浮気。今年のM-1でもそんな話があったけど。あの淫靡な香りと舌触りは、いつだって男をだめにする。

 

いちご大福

いっそうの注意喚起のため別項にさせていただいた。
いちご大福はあんこ界でも一番の問題児。いわばエロじじいだ。高田純次くらいまでになれればいいけど、下手に手を出すと家庭崩壊を起こしかねないバランスの悪さをはらんでいる。

あんこにみかんとかマジ勘弁。あんみつくらいごちゃごちゃならまだ家族という雰囲気があるが、2人きりとか…。僕にとってはロリコンくらい理解できない趣味だ。

 

あんまん

舌を火傷させてくるほどのアッツアツ加減は刺激的で、日常を忘れさせてくれる。それでいて、分け合ったときのロマンス感もある。すごくピンポイントだけど、香港スターじじい。ジャッキーパイセンがもうちょっと歳を重ねるとぴったりだと思う。

ただ、あそこまでペースト状のものをあんこと呼んでよいものかどうか。餡ではあるが、あんこではないような。この世にあんこ-1グランプリがあるとしたら、酒蒸しまんじゅう、温泉まんじゅうまでがギリギリ有資格者と言えるのではなかろうか(残念ながら3回戦で落とす)。

 

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ごま団子(芝麻球)

トリッキーながら侮れない。あんまんと同じく中国系で、こちらはなかなか知性があるというか、こってりしつつも歴史と知性を感じる科挙じじいという風貌だ。カラッと揚げといてアッツアツなものを「食後のデザート」と言い張るのはやはり日本人の感性ではない。

 

月餅

あーダメダメ。コイツァだめだ、脂っこすぎる。整髪料ベットリ+金のスーツを着ている成金中国人と言う感じで見ていられない。もちろん国が変われば、華美であること、ゴージャスであることが美徳とされるのかもしれないが、僕はおもくそ日本人なのでもう少し存在感を控えたほうが好み。

 

おはぎ

マジ老害若者の汚れなき手にねちゃねちゃと絡む様が想像できる。あんこが外側で持つとこないとか、つくったやつはどんな感性してんだっていう。昔話に出てくる和尚さんは、修行中の小坊主よりもまずぼたもちの製作者にげんこつをくれてやるべき。

 

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皮シリーズ

どら焼き‥寝間着のじじい

たい焼き‥作業着のじじい

今川焼き‥はんてん着てるじじい

最中‥和服のじじい

この辺は身をわきまえてるというか、皮も主張しすぎないし、どれもかわいくていいじじいだと思う。ただし、思想をこじらせて、たい焼きごときで伝統だ名店だとか言い出す古い店は好きじゃない。

庶民派だから、いいのよ。

 

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かき氷

若者に混ざって必死でボケてる感じというか。スナックで若い歌を歌おうとしてるというか、年甲斐もなく無理すんなよと言いたくなるじじい。びちょびちょでさ。

”宇治”の緑が入ることで少しはそれらしくなるが、白髪に少し線入った髪型のじじいみたいで、場合によってはキザっぽくも感じる。西岡徳馬ならオッケー。鳥越俊太郎はだめ。この辺りは紙一重だ。

 

井村屋/あずきバー線香 ミニ寸[あずきの香り]
 

あずきバー

かき氷と同じくあずきのアイスには若づくりの痛さを感じるが、ここまでカッチカチだと逆にかっこいい。ロックなじじい。いま日本で「やっぱり俺は、あずきバーなワケ」と豪語できるのは矢沢永吉くらいしかいないと思う。

 

紀の善のババロア

フィリング丸出しだったり、あんこにホイップというパターンは、基本的には邪道だと思っている。ただ、あんこが脇役に徹していたらどうだろう。

神楽坂の名店『紀の善』は抹茶ババロアを最初に食べた時は衝撃だった。あんこが主役じゃない…だと…。抹茶ババロアを引き立てる執事みたいなじじい。僕もシルバー人材になったらこういう働き方がしたいものだ。

 

以上。
あんことじじいについて大いに語らせていただいた。こんなにあんこ、じじいとタイピングしたことはないし、今後はあって欲しく無い。

最後にくだらないことを言うと、やっぱりあんこ好きとしては「小倉優子」という名前に愛おしさを感じる。ご本人にそこまで興味はないが、字を見るとどうしても目で追ってしまうのだ。もし親御さんがそこまで考えていたとしたら…きっと人格者のじじいなんじゃないかと思う。

優子さんには今からでも娘さんをもうけていただいて、小倉餡子、いや、あんこりんを育んで欲しいものである。