眠ノ記

真面目にふざける雑記ブログ。黒歴史や趣味の話とか。

僕がニートをやめるまで(二部作/後編)

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前回の記事僕がニートになった理由(二部作/前編) の続き。

ニートの更生団体に働かせてくれ!と頼んでガン無視されて以来、
「俺のことなんて誰も見てないよな…」
が、
「マジで受け皿の団体すら見てないじゃん。オモロ!」
になったわけだ。

 

これ以上底もないだろう。僕はうまく開き直ることができた。
仕事なんて金の奪い合い、欲の押しつけあいで当たり前だし、人をモノのように動かすのも当たり前。乱暴すぎる理屈だが、そういう側面を客観視することができたのは大きかった。

僕を大事に扱ってよ。
そんな風にひがむのはもうやめよう。

 

 

そこからは自分をモノのように扱うことにした。
自己反省は辛いけど、良かれと投げかけるアドバイスなら気楽でいい。

経歴書も全部いいように書く。売上実績なら、個人だけじゃなくチームの売り上げを強調して数字を大きく見せたり。同じ仕事内容でも細分化してそれっぽくしてみたり。僕が身体を借りているネムヒコってやつがより良く見えるように。

広告でみたマクドナルドのふっくらバーガーと、実際のバーガーが全然違うのと同じだ。

もし苦手分野をつっこまれても、
「ああ、コイツそういうのじゃないんすよ」
と、自信を失わずドライに応えればいい。

 

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面接は相手を選ばずに申し込んだ。

田んぼの真ん中にある工場とか、怪しい薬品の営業とか、歯科技師の専門学校の用務員的なやつとか。

思ったより相手にしてくれた。経歴も大事だけど、ハキハキとした受け答えを重視する人はいるもので、僕の妙な自信は一定層に響いたようだった。

↑でも書いたけど、なかでも嬉しかったのはとある制作会社の面接。社長は僕の経歴に先入観を持つことなく、課題を出したり、今後の人生についてアドバイスをくれた。僕は慣れないパワーポイントを使って企画書を作ったが…落選。

最終面接で、社長は苦い顔をしながら僕の肩を叩いた。情が移りながらも、最後は経営者としてのシビアな決断をしたのだろう。

 

ほんの少し、社会に手が触れた感じがした。小さな成功体験は大きな自信を生むもので、その後の就職活動を加速させるきっかけになった。

と同時に、その社長はややドライに寄りすぎていた僕に人間味を取り戻させてくれた。

 

自分をモノのように客観視して、相手はモノ扱いをしない。
就職活動の軸が適度なバランスにまとまった。

やがて最終面接が当たり前のように決まり始め、いくつかの内定をもらうことになる。

 

 

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そしてたどり着いたのが、小さな出版社の最終面接。編集者の募集だった。

向かい側の席には、ナニワの商人みたいな人情社長と、表情ひとつ変えない、アートディレクターのヒゲメガネのが座っていた。明らかに社長より権力を持っていそうだ。

ヒゲメガネは真っすぐに僕を見つめた。

ニートって、普段何やってんの」

遠慮はゼロ。ものすごい圧迫感に、心は怖いと言っている。
でも不思議と、危なくないとも言っている。
僕はウソをつかずに答えることにした。

「昨日は一日中、逆立ちをしてました」
それは冗談でもなんでもなかった。肥満児のころにできなかったなあ、と突然思いつき、フローリングに足を打ちつけながら1日中練習していたのだ。

「暇だね」
ヒゲメガネは苦笑しながら答えた。
彼からの質問はたったそれだけ。結果、内定をもらうことができた。
僕の答えが良かったのか(少なくとも覚えてはくれたはずだ)、好きな作家の欄にフランス作家ジャン=フィリップ・トゥーサンの名前を挙げたハッタリが功を奏したのかは分からない。 

 

出版社の編集者なんて専門的な勉強を積んだ人だけがやるものだと思ってたから、内定をもらえたのは驚いた。
と同時に、怖さも膨らんだ。
きっと、あの人は僕を見下しているに違いない。

役立たずと言われるだろうか。
保険で他の会社を受けながら、10日ほど考えた。

 
最終的に背中を押してくれたのは、意外な事柄がきっかけだった。
従姉妹が結婚すると言う知らせが入ったのだ。

1つ年下で、小さなころから「お兄ちゃん」と慕ってくれていた彼女とは、ニートになってからは恥ずかしくて会えなくなっていたのだった。

僕は、彼女の結婚式に社会人として堂々と参加したいと思った。
それは、2社の会社を経て捨てろ捨てろと言われ続け、いつしか捨て去ったプライドが復活した瞬間。要らなくても、ダサくても、やっぱりプライドはあった方がいい。

 

そうして僕は就職を決めた。
結婚式が行われたのは社会復帰から2週間後、まさにタッチの差の出来事だった。誰かのためにやっていたわけではないんだけど、誰かのためになるのは嬉しいものだ。

 

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父と、車いすの母と、僕。招待されたのはお台場の駅から歩いてすぐの華やかなホテルだった。たぶん面接の一つもしていなかったら、気後れしていたに違いない。

ホテルの控え室でそわそわと時を過ごす。夜がくるまで、途方もなく長い時間に感じられた。

 

そして晴れ舞台が始まる。
いつも僕の背中に隠れていた従姉妹は立派な社会人となり、大事な人を見つけ、同僚や取引先など100人を超えて祝福される人になっていた。


流れる大画面のスライドショー。

小さな僕たちの写真に、

「大好きなお兄ちゃんが来てくれました」の文字が重なった。


従姉妹の家は母子家庭で父親がいない。
僕は彼女と腕を組んで、バージンロードを歩いた。そわそわしていたのは、式の当日になっていきなりこの大役を頼まれたせいだ。いきなりの大舞台すぎて、眩しすぎて。落ち着かなかったけど、勝手に自分も祝われている気分に浸ることにした。

数ヶ月前まで地の底に沈んでいたのが嘘のようだ。

ちゃんと働こう、と思った。

 

***

思い返すと、あの日は僕の門出でもあったような。

別に働かない生き方もいい。
自分自身、放っておかれたら何年もニートでいられるのはもう証明されている。

でも、誰かを誇らしい気持ちにさせると考えたなら、僕は「こっち」のほうがいいと思うようになった。給料はどうしようもなく安くても、ニート生活を通して、どうしてもお金で欲しいものなんてないことも証明されているから。

 

 何となくやりたかった文字の仕事をして、ただで文章を書いて、ただで読んでもらって。
今この感じは、僕にとってただそれだけで誇らしいものなんだと思う。